紙ブグロはてな

新しいものについ飛びついてしまった後悔を綴ることになりそうな気がするけれどならないかもしれないブログ。

リバーシとオセロについて調べたことと思うこと

オセロとリバーシというよく似たゲームがある。
とてもよく似ているので、多くの人が疑問に思うらしい。検索をすると「違いは何か」という記事が幾つか出てくる。例えば下記のような。
nlab.itmedia.co.jp
この記事の中で紹介されている中島哲也オセロ八段は、リバーシにははっきりしたルールが定められていなかったというようなことを言っているけれども、これはかなり難癖の類だと思う。

このあたりの影響を受けてか、ウィキペディアの現時点のオセロの記事でも、リバーシのルールについて

ゲーム内容については、基本的にオセロと同様であるが、初期のリバーシでは、

  • 盤面の大きさが定まっていない。
  • 初期配置が定まっていない。
  • 打てる箇所がない場合の扱い(パスになるのか即座に負けになるのか)が定まっていない。

などルールに曖昧な点があったとされている。
オセロ (ボードゲーム) - Wikipedia

と書いてある。
極めて疑問である。

リバーシは「ルールの曖昧なゲーム」ではない。

リバーシは元々の発売元が現在存在しないため、元締めとなる組織がなく、そのためローカルルールなどが自由に広まっているだけで、ルールは明確に存在していた。中島哲也氏は今はなき「日本リバーシ協会」の理事長であった*1。もし日本リバーシ協会が健在であれば、日本でのリバーシの「公式ルール」を定着させることも可能だったわけで、「ルールが曖昧だ」などという話など出てこなかったはずなのだが……。

さて、その明確に定まっているリバーシのルールのひとつとして、日本リバーシ協会のルールが簡明なので、ここに紹介しておく。すでに存在しない協会なので、インターネットアーカイブのキャッシュだが。
JRF - リバーシのルール
画像が見えなくなっているけれど、名称でわかると思う。

盤面のサイズについては、こちら(https://web.archive.org/web/20010406215743/http://www.reversi.net/reversi/)に記載がある。
基本的なサイズが8×8であることが明記されている。そしてバリエーションとしてパーフェクトリバーシとオクトリバーシを推奨している。これらは、オセロでも公式に発売された「グランドオセロ」とか「88オセロ/エイトスターズオセロ」と同様のものだ。
リバーシの盤面サイズが曖昧だ、ということになるならば、オセロも曖昧であることになってしまう。そうではない。曖昧なのではなく、バリエーションがあるだけだ。

初期配置が決まっていないのも、ルールが曖昧なのではない。
類例をあげると、過去の囲碁の「互先事前置碁法」を想起してほしい。かつて囲碁は星の位置に白石・黒石をあらかじめ置くというルールだったが、そのルールに比較して現行の囲碁は、「初期置石の配置が決まっていない曖昧なルール」というだろうか。
打てる場所がない場合についても、後述した資料にもある通り、普通にパスになる。曖昧な点はない。

そもそも伝統ゲームではルールのゆらぎというのは珍しくない。オセロだって家庭や児童会などで行われている場合はきちんとしたルールではなく、それぞれのローカルルールが場を仕切っていることは珍しくない。基本的なルールさえ定まっていれば、細かいルールは遊ぶにあたっては問題ではないからだ。
また、基本的なルールを拡張したり、改変した別バリエーションを作るのは、「ゲームのルールが曖昧」というようなネガティブなものではなく、むしろゲームの幅を広げるゲームの豊かさを示すものだ。
先日紹介したニップも、リバーシから生まれた豊かな果実の一つだ。
ニップの起源が知りたい - 紙ブグロはてな

現代のオセロとリバーシの本質的な違いは、初期配置の扱いだけだ。

先ほど紹介した日本リバーシ協会のルールは、リバーシの現代のルールとして極めて一般的なものと思われる。オセロとのルールの大きな違いは、初期配置がクロスに固定なのか、そうでないのかという違いしかない。

少し遡って、オセロ登場直前のリバーシのルールを確認してみよう。
1969年刊 Board and Table Games From Many Civilizations (Board and Table Games From Many Civilizations. Vol. I. 2nd ed : Bell, R. C. : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive )から引用する。

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draughts-boardは、いわゆるチェスやチェッカーなどで使用される8×8のボードだ。
白と黒のプレイヤーが最初に中央の4マスに石を置き、それ以降は互いを挟んでひっくり返すというルールは、先ほど紹介したリバーシ協会の「オリジナル式」と同一のルールとみてよいだろう。

日本での事例では、もっとぐっとさかのぼって、1907年刊の世界遊戯法大全 (世界遊戯法大全 - 国立国会図書館デジタルコレクション)を見てみよう。

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こちらだと黒と赤のプレイヤーが互いに意思をはさみ合うルールとなっている。こちらでは初期配置がクロス固定になっているのが興味深い。打てる場所がない場合についても「何處にも敵の駒を挟むやうな處が無ければ、自分は休んで敵に続けさせる」とパスについての記述がある。

この伝わったリバーシが日本では「源平碁」という形で流行した*2
流行した、と断言するのは、「源平碁」は様々なパッケージでいろいろな会社から発売されたことが確認できるからである。

なお、過去に日本で流行った「源平碁」の商品には、「パラレル固定」のルールになっているものと「クロス固定」のルールになっているもの、「自由配置」のものの全てがある。下記ブログにてルールが見られるので参照されたい。
s.webry.info
ameblo.jp
blogs.yahoo.co.jp

初期配置が固定されているのが多いのは、日本に輸入される過程で、紹介の簡便さを求めた結果ではないかと思われる。
このように様々なバリエーションの商品が発生したのもの「ルールが曖昧である」という誤解を招いた原因であろう。おそらく公的なライセンスを受けたわけでもない商品であったから、「公式の厳密なルール」が届くわけでもなかった。とはいえ商品それぞれについてはルールが確定しているものとして完結しているわけで、大きな問題はない。

当初のリバーシのルールと現行との大きな違い。

さて、先ほど日本リバーシ協会のルールとオセロのルールでは、本質的には初期配置の扱いしか違いがないと書いた。
しかし、文献を遡ると、現代では忘れられてしまった大きな違いが実はある。

1890年刊 Reversi and go bang
archive.org
リバーシ五目並べについて書いた本である。詳細なルールが記載されている。

ポイントは、黒と白は互いに32個ずつ石を持つ、と記述されている部分である(現行のリバーシでは、石は互いの共有とされるのが普通である)。これが何を引き起こすか。

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https://archive.org/details/reversigobang00berk/page/n11

最後に石が足りなくなった時、足りなくなった側は強制的にパスとなり、足りている方が連続して打つことができるのである。これはゲーム性に大きく関わる違いだ。

1894年刊 The Book of Table Games
books.google.co.jp
こちらの書籍でも、「Each player being provided with thirty-two men」とあるので、それぞれが32個石を持つというルールに違いはなさそうである。

このルールが記述されなくなっていくのは、おそらく「相手にパスを強いる」という本来自らを有利に導くテクニックが、終盤に相手の逆転を許す隙に成ってしまうという矛盾が好まれなかったからではないかと思う。
というわけで、19世紀の頃のリバーシのルールと現行の日本リバーシ協会のルールの間には、持ち石が固定かどうかという大きな違いがあることが分かった。

なお、オセロでは石が共有であることは案外知られていなくて、下記のような質問が発生したりしている。
オセロのルール。相手にパスが続いたので、自分が続けて打つ場面が続き... - Yahoo!知恵袋

リバーシの元になったアネクゼイションというゲームについて

先ほど紹介した「世界遊戯法大全」に、「當時は『附け足し』(Annexation)というふ名で盤面も十字形であつた」という記述がある。
調べてみると、当時の流れを記述したページが幾つか見付かる。
tametheboardgame.com

どうも、ウォーターマン(Lewis Waterman)がReversiという名前で8×8のボードのゲームを発売してヒットしたのだが、そのゲームのキモの部分がモレット(John W. Mollett)が作ったAnnexationというゲームと同一なので、パクリではないかと裁判になったらしい。なおAnnexationのボードは割と特殊な形をしている。
f:id:hi_kmd:20190207132939p:plain
最終的に「石で挟んでひっくり返す」という重要な部分が同じであるということでモレットは裁判に勝って、おなじReversiという名前を使って、同様の商品を発売するようになったようだ。

下記のページに、ウォーターマンとの裁判に勝って「Reversi」の名前を使用できるようになったモレットの「ANNEXATION」のパッケージ写真とボードが確認できる。「Reversi」の名称を使用しているので、8×8のボードである。ルールの記載されている説明書も見られて有用だ。石は「白と赤」だがルールブックにはBlackとRedとある。
www.gamesboard.org.uk

この裁判についてはGoogle Booksに訴訟の記録らしきものが幾つかあるのだけれど、英語力の都合で詳しく調べていない。識者に補足を願いたい。

おそらく、ANNEXATION or Riversiの権利が生きていたら、オセロは普通に訴えられて、そちらの版元から「ANNEXATION or Othello」という商品が発売されていたことだろう。ありがたいことに、オセロの発売時期には、ANNEXATIONやRiversiの諸権利は消尽していた。

オセロを発明した長谷川五郎氏は、リバーシをどのくらい知っていたのだろうか。

下記のはせら氏のブログに、過去の長谷川五郎氏の発言が転載されている。
othlog.hasera.net
「赤と白の源平碁,リバーシ,ニップなどの名がありました。」と、過去のゲームについての記述がある。
はせら氏はリバーシに言及した上で、『オセロは自分が考案した』と主張していたのであり、だからこそ、彼が自力でオセロを考案したという主張は信用に値する」と言っている。

「実業の日本」の77巻5号に、オセロについての記事がある。「新ゲーム・オセロの売れっぷり/p23」。これはインターネットでは公開されておらず実業の日本. 77(5)(1811) - 国立国会図書館デジタルコレクション国会図書館に直接行くと閲覧できるようだ。
Google Booksで少し確認できる。文字化けしているが、オセロについて「昔あった『源平碁』というゲームを原型にして、二年がかりで完成し、試しにやらせたところ、たちまち社内に流行し、さらには係長氏のお得意先の病院などにも広まるようになって、これはイケるとなったもの。」……と読める。
books.google.co.jp

このブログに載っている雑誌「太陽」にも、「オセロゲームは、源平碁をもとにした世界的大ヒット発明だ。」と書いてある。
ameblo.jp

このころの長谷川氏は、普通にオセロの原型について公言していたことがわかる。

のちの書籍になるにつれ、長谷川氏はリバーシや源平碁・ニップの存在に触れなくなる。現在のオセロ公式サイトでのオセロ誕生の記述は下記の通り。
www.megahouse.co.jp
「当時の長谷川少年が、碁石を使って生み出した遊びが、オセロの原型です。オセロの石が黒白なのは、碁石がもとになっているからです。」碁石については言及しているのに、かつて原型だとされていた「源平碁」には全く触れず。

ボードゲーム・オセロが生まれる遥か以前、明治時代に、リバーシという、石をはさんでひっくりかえすイギリスのゲームが日本に伝わったことはありましたが、現在、みなさんが認識しているオセロというゲームのルールや姿かたちをつくりだしたのは長谷川氏で、それが、日本、そして世界中に「オセロ(Othello)としてひろまっています。緑色の盤や、盤の中央のマスに黒白交互に並べてスタートするといったルールは、すべてオセロがつくったものです。

リバーシの歴史とルールを知っている人ならば、この説明が噴飯物であることがわかるはず。ギリギリ嘘にならないように「緑色の盤や、盤の中央のマスに黒白交互に並べてスタートするといったルールは」と限定しているけれど、特に後半の「盤の中央のマスに黒白交互に並べてスタートする」は、オリジナルのリバーシでも固定でないだけで同じだし、何より「盤の色」と「初期配置」の二つだけ例にあげて「すべてオセロがつくったものです」と称するのは意図的に誤読を狙った悪質な記述と感じられる。

長谷川氏が整えた使いやすいゲーム用具の価値はとても高いし、それを普及し世界に広めた功績はとても大きなものだろう。オセロでの若干改善されたルールはリバーシのモダンバージョンとして積極的に世界で受け入れられている。しかし、先行事例への敬意を見せない姿勢は評価できない。



なお、はせら氏のブログでは下記の記事もとても参考になる。
othlog.hasera.net
othlog.hasera.net

その他、ググって見つけたリンク

1957年の「娯楽大百科」という書籍に源平碁/リバーシの説明があるとのこと。源平碁の「石」は厚紙などを丸く切って使えと、自作が前提なところが面白い。
grnrokko.seesaa.net

まとめ

ニップの記事でも書いたけれど、「遊び」の歴史は、あまり記述されないまま「かつては当たり前のようにみんな知っていたけれど、今は誰も知らない」となりがちだ。
インターネットが生まれて以降の歴史ですら、「日本リバーシ協会」の誕生と消滅についてなど、「関係者のみぞ知る」状態になっている。いまさら当時の話なぞ明らかにしたくない、という人も多いのかもしれない。
ともあれ、自分は現状のリバーシの語られ方は、歴史的事実を踏まえないものが少なくないと思うし、きちんと再評価されるべきだと思うので、わかる範囲でまとめて共有たいと思ったのだ。

*1:インターネットアーカイブJapan Reversi Federation

*2:と同時に、おそらく初期の「ニップ」も書籍にその記述が残るレベルでそれなりに流行した。